母、星になる ~余命宣告~

突然ガンの余命宣告をされた母と命の選択を迫られた私たちの家族の記録です。

命にかかわる選択

DAY05PM 2022年7日20日 水曜日

説明する医師

 

CDで持ち込んだ母のCT画像を見ながら、転院先の病院で肝臓外科の主治医から今後の治療の方針について説明があった。本来であれば今の母の病状では何も処置を行わず、自然な形での看取りを勧めるのがその医師の方針であった。

 

その医師から転院してきた当日の午後からステントという器具を大腸に挿入する処置が行えると言われたが、私は今日は移動と入院前の検査で体力を消耗しているはずだから処置は明日以降のしてほしいとその医師に伝えた。

 

私は改めて母の病状の重さを知り、その医師から一切の延命治療を行わずに自然な形での看取りを促されたことで動揺してしまい、涙を流した。私はとにかく母を激痛から開放してほしいので医療用の麻薬の使用をお願いした。

 

転院に際しても、急変時の対応すなわち延命治療の選択があった。私はその場で医師に即答するのを避けて、書類を一時持ち帰ろうとした。明日行う予定の処置は午前中までに中止を申し出ることが出来た。

 

しかし、母を病室に搬送する際に、母の入院する病棟の詰所で看護師長から入院手続の他にも措置の詳細についての決断を促された。そして、主治医の説明にはなかった大腸ポリープ切除に関する項目があった。

 

私は看護師長に主治医に確認させてほしいと言ったが、主治医と連絡が取れず、詳細がよくわからないまま、看護師長に促される形でステントでの処置に関する書類にまで署名させられ、母の病室に持ち込む私物に名前を書いた。

 

医療現場に携わっている人たちにとっては、命にかかわる選択など日常茶飯事なのだろうが、医療に携わっていない私のような素人には状況を理解するのも決断するのも初めてで必ず大事なのだ。

 

薄暗い病院の廊下

 

転院前の病院と比べると病棟自体が薄暗く、看護師長の対応も他の看護師の勤務態度も横柄で冷淡で私は不安になった。病院が違うとこんなにも雰囲気が違うのかと思った。

 

母自身も病室に入るなり違和感と不安を感じたようで、私のスマホに母から電話がかかってきた。「水が飲みたいのに看護師では吸飲みがどこにあるかわからない」というのだ。ますますこの病院に母を入院させておくことにが不安になった。

 

ケアが行き届かない状態では母が不安に感じて容態が良くなるどころか、悪化してしまうと看護師長に再度掛け合い、空いている病室に母をベッドごと移動させることで、なんとか母に面会することが出来た。

 

母は開口一番、困ったような顔で

「この病院アカンな。池田病院のほうがいいわ」

と言うので、私も

「そうやな。すぐに池田病院に戻れるようにするわ」

と言った。転院後の母の病室は3人部屋だが、入院患者は母一人だと言う。こんな閑散とした薄暗い病室に一人取り残されたら健康な人間でも気が滅入って病気になってしまう。

 

しばらく取り留めのない会話をして、仕方なく面会用の病室を出た。その後も少し待ち時間ができたので、こっそり面会用の病室に近づき、ドアの窓から母の姿を覗いて手を振ると、母は私に向かって右手を振り返した。

 

母の病棟まで同行した緩和ケアチームの看護師にお願いしたが、転院前の病院と違い、特別な事情があってもこの病院では短時間での面会でも許可されず、私は母が病室に一人取り残されてしまう現実に耐えられず、泣き崩れた。

 

母は治る見込みのない状態で残された時間が僅かなのだから、ただ私たち家族が母の傍にいて支えてやりたいとその看護師に訴えた。

 

その看護師は正直に言って、この病院は緩和ケアなどで長期的に入院するのに適した病院ではないので、転院前の病院に戻るか、自宅での在宅看護を検討した方がよいと言われた。私は一日も早く転院前の病院に戻れるよう主治医に伝えてほしいとその看護師に言った。

 

この病院の近くに住む妹にも連絡し、転院してからの環境の変化や母が転院前の病院に戻りたがっていることを伝えた。池田病院にも電話をしたが、看護師から転院先の病院の主治医の許可がないと再び転院できないと言われた。

 

私はその日のうちに転院先の病院の地域医療包括センターに行き、事情を話して最短の日数で転院前の病院に戻れるように主治医に伝えてほしいとお願いした。しかしながら、私たち家族に出来ることはこんなことでしかなかった。

 

結局、私たち家族が母の「転院と処置」を選択したことで母との残り少ない時間を奪われ、母を病室に一人取り残すことになり、移動や入院前の検査、新たな病室という環境の変化で母の身体に負担をかけることになってしまった。

 

私たち家族は取り返しのつかない判断ミスをしてしまったのだった。

 

頭を抱える人の画像